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【悲報】TOYOTAと住友銀行の因縁のエピソード、ガチで闇が深すぎる

   


1: 風吹けば名無し 2017/11/05(日) 10:38:59.47 ID:y8Sl5CZh0.net 
トヨタ「潰れそう・・・住友さん助けてクレメンス・・・」
住友「は?機屋に貸せても鍛冶屋には貸せねえよ。というか貸してたカネ今すぐ耳揃えて全額返せや」
トヨタ「ヒェッ・・・」

~10年後~
住友「得意先のプリンスが潰れそうンゴ・・・トヨタさん引き取ってクレメンス・・・」
トヨタ「は?プリンスの社長当時住銀でワイらに酷いこと言った張本人やん、鍛冶屋のワイには不具合でしょうからお引き取り下さい」

50年絶縁

ヤバすぎぃ!

くすぶるトヨタ出資の新銀行設立構想 トヨタ創業者を死に追いやった住友への恨みと不信
http://biz-journal.jp/2015/01/post_8510.html

 東海地方は元来、旧東海銀行(現三菱東京UFJ銀行)の牙城だった。東海銀は強力な営業力を誇り、大きな存在感を示していた。トヨタが東海銀を支えてきたといっていい。トヨタの協力企業は東海銀から融資を受け、トヨタは東海銀と旧三井銀行(現三井住友銀行)の2行を優遇し、住友銀行とは絶対に取引をしなかった。

 これには理由がある。戦後の1950年、ドッジ・ライン不況でトヨタが倒産寸前に追い込まれたとき、三井銀(当時は帝国銀行)、東海銀を中心とする銀行団が緊急融資をした。当時、三井・東海と共に主力銀行の1つだった住友銀行(当時は大阪銀行)は、「機屋に貸せても、鍛冶屋には貸せない」と、にべなくトヨタの緊急融資の要請を断り、さらに貸出金の回収に走り、トヨタとの取引を打ち切った。この交渉での心労がたたり、創業者の豊田喜一郎氏は1952年3月に急逝した。
 トヨタの歴代社長は、この仕打ちを決して忘れなかった。65年、トヨタは経営危機に瀕していたプリンス自動車の救済を、プリンスのメインバンクである住友銀の堀田庄三頭取から懇願された。トヨタの石田退三会長は「鍛冶屋の私どもでは不具合でしょうから」と堀田頭取の要請を拒絶した。
 トヨタと住友銀との取引が再開するのは、三井銀の後身のさくら銀行と住友銀が合併して三井住友銀行が発足してからだ。ただし、取引窓口は旧三井銀出身者に限っていた。

8: 風吹けば名無し 2017/11/05(日) 10:40:55.06 ID:EMqvfvQb0.net
はえ~

20: 風吹けば名無し 2017/11/05(日) 10:42:40.60 ID:EZ97pOVd0.net
銀行の本質が如実に現れとるね奴らは所詮客は金蔓としか思っとらん

25: 風吹けば名無し 2017/11/05(日) 10:43:35.41 ID:8kI6CL6W0.net
半沢やん

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